その日は風が全くない月夜だった。
あまりの静けさに何故か怖くなった僕は一人外へ向かう。

宿の外はいつもと同じ交通量。
なのにどこか寒々しい。
この場所にいるのが辛い。 余所余所しい気配を体が嫌がっている。
より暗い方へと足が向かっていった。

どんどんと進んでいた僕は、ついに道の終わりまで来てしまう。
そこには海があった。

広い砂浜はまるで黄金色のベルベッド。
どこまでも滑らかだ。
途切れる事の無い一本のラインが綺麗だった。

ふと、何かの存在を感じる。
自分以外に何も無い世界から意識が戻る。
僕はゆっくりと近寄った。
それはオウムガイの貝殻だった。
月明かりをうっすらと吸収している。

手にとった僕は物珍しさから色々と感触を確かめる。
中に何が入っているのか。
内部に複雑な空気の流れがあるのを感じられた。
それとは別に、サラサラとした感触も手に伝わってくる。
ひっそりと、しかし途切れる事はなく。

僕は時間の流れを全身で感じ、そして。
凪がピタリとやんだ海では僕の周りに今が止まっていた。


あんなに穏やかな体験はしたことがない。